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絶望と確信/アートビジネスとサヴバイバル(加筆2校正2) [アート論]

作品の善し悪しというのはあって、それは比較で分かるものです。1人の作品だけを見ていては分からないのです。


門井糸崎.jpg
6次元             超次元

つまり平凡な風景を撮った芸術写真というものにも、実はいろいろなものがあるのです。この差を見て行かないと面白くない。あるいは作品を買うおもしろみや、ダイナミズムは現れないのです。
 

今回のオークションでは、糸崎公朗さんの反反写真と、ある日本の作家と比較して、問題になり、検閲削除事件になりました。問題になる事は予想していて、一応糸崎さんの友人関係の人は外す配慮を私はしたつもりだったのですが、それが私の知らない所で友人関係だったのです。だから問題はこじれました。この事自体は小さな、取るに足らない事件ですが、しかしその裏には、日本のアート界のどうしようもない小ささが潜んでいるのです。

アート関係の人間空間が小さくて、《群れ》や《村》の中の心理状態になっている。

生きている意識の空間が小さい人の作品は、同じように作品空間が小さいのですが、同時に心理世界もまた小さいのです。特に彦坂は《群れ》といっている意識空間に属している人は、実は原始共同体に意識の中で生きています。人間関係が20人から120人程度の《群れ》の中に閉じられているのです。原始共同体の意識ですので、それは想像界であり、呪術的な意識の世界なのです。

こういう生き方を、私は悪いとは思いません。しかし私自身とは、いろいろなところで齟齬をきたし、人間関係をゆがめる結果になります。

《群れ》の意識の人々のそこでは美術や芸術の学問的な普遍性を追いかける意識が無いのです。本当の意味で、すぐれた芸術を作って行こうという切磋琢磨がないのです。そして作品を売る事の原理的把握もまた、ほとんど考えられていない。
 

作品を売るというのは、市場空間です。
市場というのは、国家(近代国家のことを国民国家と言います)の規模の大きな意識空間でないと成立しないのです。
つまり《群れ》や《村》のなかには、市場というものはないので、作品を売るという事は成立しないのです。

つまり美術作品の売買というのは、最低でも近代国家という広い意識空間の人でないと成立しないのです。そして今日ではグローバルなより大きな空間意識のなかでしか成立しないのです。ということは、実は作品の制作も、今日の芸術の追求も、実は最低でも近代国会の大きな意識空間が必要であり、さらにはグローバルな意識の空間の大きさが必要なのです。

日本の写真界や美術界というのは、《村》化していて、世間体の縛りを形成しているようです。
つまり日展のような既成の団体展の外に出ているアーティストでも、団体展と同じような小さな付き合いの集団を形成していて、その中での安定した人間関係を大切にしているのです。もちろん、人間が具体的に生きていくうえで、こうした小集団を形成する事は当然な事ではあります。

しかし、こうした中での芸術写真としての風景写真というのは、市場には、一部の例外の作家しか登場していない。それは《村》、あるいは《島》という小さな空間意識と、こうしたアート界の世間体の縛りが、若いアーティストに才能を縮こまらせて行くからです。若い時の超一流の作品は、見る見るうちに6次元や、8次元に転落させてしまって、低空飛行を続けるだけにするのです。つまり《群れ》や《村》の世間体の意識が才能を殺してしまうのです。今日の新しい表現を獲得するためには空間の拡大が必要です。しかしそれができない。
 

日本の文化空間が小さくしか形成されない事の大きな原因は、日本の社会の中に、1940年代の国家総動員体制での言論統制の構造が、戦後も継続してしまった事があります。

 この事実については野口悠紀雄氏が、名著『1940年体制』の中で書いています。
 
 
 日本の新聞の美術欄では批判が書かれない傾向が非常に強いのです。それは欧米の新聞の果敢な批判活動とは大きく違います。
 
 
 日本の場合、さらに敗戦後の進駐軍による言論統制が行われました。マッカーサーは、日本の思想を解体するために検閲を実施して、しかもこの検閲の事実すらを報道する事を禁止したのです。そのシステムは、日本の現在にまで作動し続けているのです。
 
これについては文芸評論家の江藤淳氏が『自由と禁忌』など、数冊のアメリカ秘密文書の公開を研究した著作で書いています。
 
 
こうした2重の検閲制度の構造を日本の文化は残して継続しているために、日本には言論の自由も、批評の自由も十分ではないという、衰弱した文化構造になってしまったのです。日本の現代美術/現代アートが、欧米のみならず、アジアの諸国の中でもとりわけ弱い事には、こうした言論統制の2重苦のシステムが、アーティストの内部深くまでに組み込まれている事があります。そのことが《群れ》や《村》という小さな意識空間を作り出す原因と言えます。広い意識が、言論の自由や批評の自由抜きには形成できないからです。
 

アーティストの内部深くまでに組み込まれている日本のこうした批評や批判を許さない言論封殺の構造は、今後1000年くらいは続くのではないでしょうか。
 
批評なき世界、提灯記事だけの世界で、日本は停滞しつづけ眠り続けるのでしょう。日本の現代アートの作品を批評する事は、もはや意味はないのです。

日展や団体展の作品を批評してもはじまらないのと同様に、同じような世間体アート化した現代アートの美術界を批評することは、意味が無いのでしょう。なぜなら、ここには最初から《原-芸術》の位相が無いからです。つまり日本の美術制度の衰弱を脱する方法は、私の主観の中ではもはや無いという断念にたっしました。
 

 

ですから、このブログでは日本の現代作家に対する批評行為はあきらめて、日本の古典と、海外の作家の紹介や分析に重点を移そうと思います。

1990年代の小山登美夫ギャラリーを代表とする新しいギャラリー群が、日本国内の失われた10年という低迷に見切りをつけて海外に脱出して行ったように、日本の作家や美術批評もまた、日本文化には見切りを付けて、海外の高度な作品批評と、そしてまた日本の過去の名品の発掘に脱出して行くしか無いのだろうと思います。

日本の過去に脱出しようとする行為は、実は江戸時代にもあって、本居宣長を代表とする国学の流れは、中国文化の亜流と化した江戸文化に愛想をつかして、古事記や万葉集の研究に脱出して成果を上げたのです。

いつの時代には、日本人はコンテンポラリーな日本文化に絶望するのかもしれません。

しかし絶望しても、この現実から脱出する事は出来るのです。事実を事実として認めて、自由に向けて脱出すること。

 
 
 
 
 
 


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